2011年7月19日

日中大桧沢


福島県と山形県境にある飯森山に登るには沢コースか長い尾根歩きのコースしかありません。
沢登りの経験が無いので日中大桧沢へは踏み込めませんが、ふくしま緑の百景の石碑の写真だけ撮ってきました。
大桧沢 ここから先は落石のため通行止め 

飯森山尾根コースの登山口
大峠トンネル入口にある石碑と案内板
ここが沢コースの入口


2011年7月18日

飯豊山山開き

飯豊山は長年温めていた憧れの山ですが、今回やっと実現できました。天気も良く期待通りの素晴らしい飯豊山でした!!

今回は山開きの日と重なり山小屋も混雑が予想されましたが、本山小屋は定員50名に対して47人と何とかひとり分の就寝スペースは確保できました。荷物はシュラフや自炊道具、食料、水などで14kgほどになってしまいました。猛烈な暑さで飲み水も通常の3倍くらい消費しましたが何ヶ所か水場があるので助かりました。お土産に買った本山小屋のバッジです。


 
 
こちらにも掲載してます→ 登山記録ヤマレコ
 


2011年7月9日

川内村の高塚山

今日は鹿又(かのまた)渓谷を通り、川内村を通って高塚山を目指しました。
途中の景色は田んぼの稲も元気に育って、それなりに普通の生活が戻りつつあるのを感じて嬉しくなりましたが、30km圏内に入ると未だ田んぼも手付かずの状態で、震災から時間が止まったままのようです。
高塚山の駐車場から400mほど手前で進入禁止となっていました。石碑は駐車場の所にあるはずですが今回は諦めて戻ります。
ゲートの左側には立派な舗装道路があって、少し走ると風車群が良く見えました。
万太郎山の風車へ続く道

再び川内村に戻ってから大越町に抜け、本日の第二の目的地、あぶくま洞に向かいます。
仙台平(せんだいひら)周辺がふくしの緑の百景に指定されているので石碑を探していましたが、実は石碑はあぶくま洞にある事が判ったのです。
例年ですと涼しさを求めて多くの観光客が訪れる時期ですが、原発の影響を心配して訪れる人も少なく閑散としていました。
あぶくま洞は放射線も心配無く通常通り開園していますので多くの方々に来て欲しいと思います。
あぶくま鍾乳洞にある石碑




2011年7月2日

浅草岳のヒメサユリ

毎日天気が安定せず、今日も午後から雨の予報だったので、夜中に家を出てネズモチ平からのコースを朝一番で登ってきました。
暑さも影響してか結構バテましたが、久し振りに素晴らしい景色を見ることができて充実した一日でした。

2011年6月18日

一生に一度の願い

西会津にある大山祗(おおやまずみ)神社はふくしま緑の百景です。
6月一杯は春の大祭との事ですし、大山祗神社は一生に一度はどんな願いも聞いてくれるとの事なので、「原発が無事に収束してくれますように!」 との願いも込めてお参りしてきました。

御本社までは参道を往復2時間以上歩きますが、小雨が降る中にも係わらず次々と参拝者が登ってくる事には驚きました。大きなスギ並木も歴史を感じます。
急な上り坂や長い階段もあり、震災以来、運動不足だった身体にはきつかったですが、苦労して登った分、何だかとっても御利益があるように感じました。





2011年6月4日

緑の百景めぐり

今日は久し振りに近くの山に行こうかと思っていたのですが、深夜に震度5弱の余震があったので、山は諦めて緑の百景巡りに行ってきました。

会津高田の伊佐須美神社です。
本殿は最近焼失したために正面は閉鎖されていますが、横から入ることができます。
神社の手前にはアヤメ苑があり、石碑もそこにありました。
アヤメの花はまだ咲いていませんでしたが、沢山の株があるので一斉に開花するとさぞ見事だと思います。
伊佐須美神社

石碑

アヤメ苑

蓋沼森林公園も地図上はすぐ近くですが、結構な山の中にあります。
管理事務所の前の広場に石碑が有りました。名前の由来である蓋沼にも行ってみましたが、神聖な雰囲気の静かな湖です。
蓋沼森林公園案内図

管理事務所前の広場

蓋沼

白鳳山公園にも行きましたが、今日はウォーキングのイベントがあったようで、もの凄い人数が道路を埋め尽くしていて、車で通るのも気が引けます。
暫く行くと展望台があり、石碑もそこに有りました。ウォーキングの皆さんが石碑にも気付かず石碑を背にして記念写真を撮っていましたが、私が石碑の写真を撮り始めると何人か石碑に興味を持って写真を撮り始めました。

2011年5月24日

わら一本の革命 福岡正信

先日、自然農法を実践しながら人類のあるべき姿を問い続けた福岡正信氏(1913-2008)を紹介した昔の番組がテレビで再放送されていました。
とても感銘を受けたので早速、福岡正信氏の著書「わら一本の革命」を買って読みました。

今の社会はネットを使えば自宅に居ながらにして何でも買えて、何でも宅配便で届けてくれる便利な時代です。でも、この仕組みは物流システムの上に成り立つシステムであり、安いガソリンがある事が前提です。
その石油は大昔の植物が地層の中に溜まってできたもので、このまま使い続ければあと40年で枯渇すると言われています。20年位前からこの40年と言う数字は変わっていないので不思議に感じますが、実際には掘った井戸が枯渇しても新たな井戸を掘り続けているので何とか供給量が維持されていましたが、最近は深海など掘削が困難な所しか無くなってきているのでそろそろ枯渇までのカウントダウンも始まると思われます。

地球温暖化防止の面からも化石燃料の消費抑制が求められる中、CO2を出さないエネルギー源として原子力発電が注目されていました。でも、これも自然の猛威に屈してしまいました。
今回の大地震では、電気、ガス、水道が止まり、ガソリンの供給も断たれましたが、そんな中では人間は生きる術も無くなることを痛感しました。

この輝かしい文明社会は実は膨大なエネルギー消費によって支えられている砂上の楼閣であり、エネルギーが無くなれば全く無力な社会だったのです。

今のエネルギー多消費社会は人類の長い歴史に比べればここ百年と言う短い期間の出来事であって、それ以前にはこれほどまでにエネルギーを使わずとも人類は幸せに生きてきました。
自然の摂理を巧みに活かした自然農法を通して人類の原点を問い続けた福岡正信氏の生き方は、エネルギー多消費社会からの脱却を求められる今の我々にとって一筋の光のような気がしました。